仕訳はなぜ左と右に分かれるのか
簿記とは、つまるところ、モノの数え方の話です。
その歴史は古く、13世紀初頭に実務の中で誕生・発展してから現在に至るまで、経済活動の発展と共に広く世の中の人に知られ、数百年たった今でもなお、なくてはならないものです。
この章を読み終わるころには、以下の2つがざっくりとわかるようになります。
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なぜそもそも勘定は左と右にわかれるのか?
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なぜそもそも仕訳は左と右にわかれるのか?
これから 2頭の羊が移動する様子を「 3つの数え方 」で数えていきます(スペースの都合上、2頭だけですが、これが20頭など、指だけでは数えられないような規模だと考えてください)。
1. 一般的な数え方、2. 単式簿記の数え方、3. 複式簿記の数え方、この3つです。
数え方は3つ異なりますが、羊の移動を同じにすることで、その数え方の違いをみていきます。
しかもここでは、簿記が単なる数え方の話ということを強調するために、あえて数字を使わず、 石を使って数えます。
石を使って数えるのは、複式簿記の考え方が数字が発明されていなかったとしても説明できるからです。
人類が数字を発明するずっと昔、ヒトは指の数以上の数を数えるとき石を使って数えていました(フィクションです)。数字がなかった時代に、ヒトがいかにして放牧した羊を管理できたのかという話です。
単式簿記と複式簿記自体の違いなんて、はっきりいってどうでもよい、と思うかもしれません。
(実際に私はどうでもいいと思っていました、ごめんなさい)
簿記(仕訳の左と右)でやっていることが本質的になんなのかがわかるようになります。ここはぐっと堪えてください。
この数え方の考え方が理解できれば、あとは勘定科目という引き出しをできるだけ多く覚え、取引をその引き出し(勘定科目)に正確に納めるだけ といっても過言ではありません。
よく引用されますが、かの文豪ゲーテも著書の中で複式簿記について語らせています。
複式簿記が商人にあたえてくれる利益は計り知れないほどだ。
人間の精神が産んだ最高の発明の一つだね。
立派な経営者は誰でも、経営に複式簿記を取り入れるべきなんだ
出所:ゲーテ Johann Wolfgang von Goethe (1747-1832) 「ヴィルヘルム・マイスターの修行時代」 岩波文庫 上巻 pp.55
まずは羊の移動を確認
まず先に、2頭の羊の移動する様子だけ、確認しましょう。
この2頭が下の緑の敷地内を合計3回移動します。
自分が所有する羊が1頭、もう1頭は他人が所有する羊です。
この2頭が敷地の外にいます。これが最初の状態です。
1回目の移動です。
まず、自分の所有する羊を敷地内に入れました。
牧場で自分の羊だけ放牧している状態です。
2回目の移動です。
次に、他人が所有する羊を借りてきて、その羊を敷地内にいれました。
自分の羊と一緒に他人の羊も放牧し始めました。
3回目の移動です。
他人の羊を敷地から出しました。
借りた羊を返し、自分の羊だけで放牧している状態に戻りました。
自分が所有する羊が1頭、もう1頭は他人が所有する羊です。
この2頭が敷地の外にいます。これが最初の状態です。
1回目の移動です。
まず、自分の所有する羊を敷地内に入れました。
牧場で自分の羊だけ放牧している状態です。
2回目の移動です。
次に、他人が所有する羊を借りてきて、その羊を敷地内にいれました。
自分の羊と一緒に他人の羊も放牧し始めました。
3回目の移動です。
他人の羊を敷地から出しました。
借りた羊を返し、自分の羊だけで放牧している状態に戻りました。
ざっと羊の移動を確認したので、次は3つの数え方を順に確認します。
1. 一般的な数え方
まず、最も一般的な数え方を確認します。
この数え方では、 羊が増えたり、減ったりしたとき、それに応じて、石の数も増やしたり、減らします。
羊の数に応じて手元の石が増減するため、直感的に理解しやすい数え方です。
それでは1つ目の数え方をみてみましょう。
この数え方では、羊が減ったら、それに対応させて石も減らします。
羊の数と石の数が一致するので、直感的な数え方であり、簿記を知らないひとの多くはこの方法で数えるはずです。
1回目の移動。
羊が1頭増えたら、手元の石を1つ増やします。
2回目の移動。
1頭いたところに、もう1頭増えれば、手元の石も1つ加えます。
3回目の移動。
2頭いた羊が1頭になれば、手元の石も1つへらします。
1回目の移動。
羊が1頭増えたら、手元の石を1つ増やします。
2回目の移動。
1頭いたところに、もう1頭増えれば、手元の石も1つ加えます。
3回目の移動。
2頭いた羊が1頭になれば、手元の石も1つへらします。
この数え方では、いま何頭かということしかわかりません。
そこで次の
勘定を使った数え方 が登場します。
2. 単式簿記の(勘定を使った)数え方
次に、勘定を使った数え方を確認します。
勘定を使えば、羊の移動記録を残すことができます。
この数え方では、あらかじめ 勘定の左と右で増加を記録する場所と減少を記録する場所を決め ておき、羊が増えても減っても、 石を加えていく(石を取り除かない!)数え方です。
2つ目の数え方をみてみましょう。
1回目の移動。
羊が1頭増えたら、手元の石を1つ増やすのは先ほどと同じです。
この数え方では、「羊」勘定を作り、増加の場所を勘定の「左側」と決め、そこに石を置きます。
2回目の移動。
1頭いたところに、もう1頭増えれば、羊勘定の左側(増加の場所)にもう1つ加えます。
3回目の移動。
2頭いた羊が1頭になれば、減少の場所と決めた勘定の「右側」に石を1つ加えます。
羊がいま何頭いるのかはプラスの2つとマイナスの1つを差し引けば、1頭というように計算すれば、わかります。
1つ目の数え方では、いま何頭かということしかわかりませんでした。
この2つ目の数え方では、 増加と減少の数を正の値で数えるため、合計何頭増加したのか(+に石が2つあるので、2頭ですね)、合計何頭減少したのか(ーに石が1つあるので、1頭ですね)、その結果、いま何頭残ったのか(左右に並んだ石は数えなくていいので、1つ(1頭)ですね)まで石を見ただけでわかるようになります。
たとえば、数字の概念がなかったとしても、石をみてもらえれば、自分以外の誰かに羊の状態を伝えられるかもしれません。
1回目の移動。
羊が1頭増えたら、手元の石を1つ増やすのは先ほどと同じです。
この数え方では、「羊」勘定を作り、増加の場所を勘定の「左側」と決め、そこに石を置きます。
2回目の移動。
1頭いたところに、もう1頭増えれば、羊勘定の左側(増加の場所)にもう1つ加えます。
3回目の移動。
2頭いた羊が1頭になれば、減少の場所と決めた勘定の「右側」に石を1つ加えます。
羊がいま何頭いるのかはプラスの2つとマイナスの1つを差し引けば、1頭というように計算すれば、わかります。
1つ目の数え方では、いま何頭かということしかわかりませんでした。
この2つ目の数え方では、 増加と減少の数を正の値で数えるため、合計何頭増加したのか(+に石が2つあるので、2頭ですね)、合計何頭減少したのか(ーに石が1つあるので、1頭ですね)、その結果、いま何頭残ったのか(左右に並んだ石は数えなくていいので、1つ(1頭)ですね)まで石を見ただけでわかるようになります。
たとえば、数字の概念がなかったとしても、石をみてもらえれば、自分以外の誰かに羊の状態を伝えられるかもしれません。
しかしまだ、
この敷地内にいる1頭の羊が自分の羊なのか他人の羊なのか石を見てもわかりません。
これを解決するのが複式簿記の数え方です。
3. 複式簿記の数え方
最後に、複式簿記の数え方を確認します。
1つの移動に対して、同時に2つの石を使って記録していく方法です。
といっても難しいことはなく、自分の羊と他人の羊を区別できるように、さらに勘定を増やして数えるだけです。
最初は目に見える「羊」だけをカウントの対象にしましたが、それに加えて「所有権(だれのものか)」をカウントの対象に加えるだけです。
3つ目の数え方をみてみましょう。
1回目の移動。
羊が1頭増えたら、羊勘定の左側に1つ石を置くのは先ほどと同じです。
これに加え、自分(の羊)勘定の 増加の場所を「右側」と決め、ここにも石を1つ置きます。
この自分(の羊)勘定の増加を羊勘定の増加と逆にすることが先人の工夫なのですが、詳細は後述します。
2回目の移動。
1頭いたところに、もう1頭増えれば、羊勘定の左側にもう1つ加え、
さらに他人(の羊)勘定の 増加の場所を「右側」と決め、ここにも石を1つ置きます。
こうすることで、石を見れば、 羊が合計何頭いて、そのうち、自分の羊が何頭で、借りた羊が何頭かわかるようになります。
3回目の移動。
2頭いた羊のうち、他人の羊が1頭減れば、羊勘定の右側(減少の場所)に石を1つ加えるのは先ほどと同じです。
これに加えて、 他人(の羊)勘定の左側(減少の場所)にも1つ石を加えます。
1回目の移動。
羊が1頭増えたら、羊勘定の左側に1つ石を置くのは先ほどと同じです。
これに加え、自分(の羊)勘定の 増加の場所を「右側」と決め、ここにも石を1つ置きます。
この自分(の羊)勘定の増加を羊勘定の増加と逆にすることが先人の工夫なのですが、詳細は後述します。
2回目の移動。
1頭いたところに、もう1頭増えれば、羊勘定の左側にもう1つ加え、
さらに他人(の羊)勘定の 増加の場所を「右側」と決め、ここにも石を1つ置きます。
こうすることで、石を見れば、 羊が合計何頭いて、そのうち、自分の羊が何頭で、借りた羊が何頭かわかるようになります。
3回目の移動。
2頭いた羊のうち、他人の羊が1頭減れば、羊勘定の右側(減少の場所)に石を1つ加えるのは先ほどと同じです。
これに加えて、 他人(の羊)勘定の左側(減少の場所)にも1つ石を加えます。
ここまででお気づきの方も多いかもしれません、実は
この石の置き方こそが「仕訳」に他なりません。
もう一度、仕訳としてみるとどうなるか、勘定とともに、確認してみましょう。
1回目の移動。
自分の所有する羊が1頭増えたら、羊勘定を左側に、自分勘定を右側にすることで仕訳になります。
このように、羊の動きを仕訳に変換し、それを羊勘定と自分勘定に書き写したものを先ほど確認したことになります。
仕訳を勘定に書き写すことは「転記」とよびました。
2回目の移動。
1頭いたところに、さらに他人の羊が1頭増えました。
今度は、 羊勘定を左側に、他人勘定を右側にすることで仕訳になります。
3回目の移動。
他人の羊が1頭減りました。
羊勘定を右側に、他人勘定を左側にすることで仕訳になります。
1回目の移動。
自分の所有する羊が1頭増えたら、羊勘定を左側に、自分勘定を右側にすることで仕訳になります。
このように、羊の動きを仕訳に変換し、それを羊勘定と自分勘定に書き写したものを先ほど確認したことになります。
仕訳を勘定に書き写すことは「転記」とよびました。
2回目の移動。
1頭いたところに、さらに他人の羊が1頭増えました。
今度は、 羊勘定を左側に、他人勘定を右側にすることで仕訳になります。
3回目の移動。
他人の羊が1頭減りました。
羊勘定を右側に、他人勘定を左側にすることで仕訳になります。
先人の工夫
先ほど、自分(の羊)勘定の増加を羊勘定の増加と逆にすることが先人の工夫といいました。これを解説します。
自分勘定と他人勘定の増加を羊勘定の増加と逆にしたので、自分勘定と他人勘定は右側が残高になります。
残高だけを集計すれば、左側と右側の残高が一致していることが確認できます。
このように残高を集計すれば、記録が正確になされたことが確認できます。
これこそが仕訳が左右に分かれる理由であり、先人の知恵です。
といっても、仕訳の段階で左側と右側の石の個数(仕訳でいえば金額)が一致し、正確に転記できていれば、これは当然の結果です。
いまでこそ「仕訳」をいれれば元帳への転記や残高試算表の作成、貸借対照表と損益計算書はボタン1つでほぼ自動でできあがります。
しかし、ほんの数十年前までは「紙」を使って記録をとっていたので、ある勘定には転記しても、他の勘定には転記が漏れた、なんてことはよく起きたのでしょう。
そのため、帳簿の構造上、この「転記の正確性」を担保しなければなりませんでした。
そのような背景から、この複式の数え方が発展し、現在でも使われています。
まとめ
ざっとまとめます。
冒頭で2つの問いに答えられるようになるとお伝えしました。
なぜそもそも勘定は左と右にわかれるのか?
増加も減少もどちらも正の値で数えるためです。
それにより、
いくつ増えたのか、いくつ減ったのか、その結果いくつ残ったのかを知ることができます。
なぜそもそも仕訳は左と右(複式)で数える必要があるのか?
資産(お金を含む財産)について、それが「他人のもの」なのか、「自分のもの」なのかを区別し、
かつ、それらの残高を集計すれば、
記録が正確になされたことが残高試算表の左右の金額の一致で確認できるからです。
会計では、資本(元手)と利益も区別することが必要なため、自分のものをさらに2つにわけます。
これが「資本」と「利益(収益-費用)」です。
つまり、会計では「5つの要素」に分かれます。
ここまでが「会計の基礎知識」です。
もう一度、複式簿記についてのゲーテの言葉をかみしめつつ、次に進みましょう。
複式簿記が商人にあたえてくれる利益は計り知れないほどだ。
人間の精神が産んだ最高の発明の一つだね。
立派な経営者は誰でも、経営に複式簿記を取り入れるべきなんだ
出所:ゲーテ Johann Wolfgang von Goethe (1747-1832) 「ヴィルヘルム・マイスターの修行時代」 岩波文庫 上巻 pp.55